【釣り】ブラウントラウトの侵入と生物の繁殖力について③【考察】
前回までは、生態が似ている為に既存種と競合して侵入種が既存種を駆逐するまでにどの様な経過を経ていくのかをシミュレーションしました。
これはアメマス(イワナ)とサクラマス(ヤマメ)等に見られる棲み分けがされない事を前提としたものであり、棲み分けが行われるのであれば、下流側ではサクラマス(ヤマメ)が優勢であっても、アメマス(イワナ)の様に上流ではサクラマス(ヤマメ)を圧倒するので、ある一定の所まで圧されつつも絶滅される様な事は起きないのは生態分布から想像できる。
~アメマスがサクラマスを上流で優勢となる理由~
①アメマスの細長く棒の様に丸い体型は細流となった河川の移動に強く、上流部で容易に起こる河川の氾濫、蛇行で流水が止まってしまった場合でも、そこから川の本流へ戻る力が強い。
対してサクラマスの幅広な体型では細流を移動する際に体が寝てしまい、上手く移動できず上流部では生存率が下がる。
②サクラマスはメスの多くが降海型であり、河川残存型の多くは雄である。河川残存型の雌雄比は定かではないが1:100等と言われてたりする。
それに対してアメマスの陸封型は半々とまでは言わないまでも1:10位の割合では確実に存在している。
そうした事から何らかの理由で遡上不可地域ができた場合にサクラマス(ヤマメ)は数年でほぼ姿を消すのに対して、アメマスは継続的に繁殖し続ける。
~サクラマスがアメマスを下流で優勢となる理由~
遊泳力の高さによる捕食能力と危機回避能力の高さがあります。
幅広の体系で釣れば解りますが、ヤマメの引きは同じ体長のイワナに比較して強い事が挙げられる。
これにより成長速度・生存率が共にサクラマスに分があると考えられます。
それでは、棲み分けがなされない競合する2種類が存在した場合、必ずどちらかが絶滅に追いやられてしまうのか?
そうとは言い切れない。
考えられるケースの一つとして、増える側を選択的に強く捕食する動物がいる場合、例えば、ニジマスは食べないがブラウントラウトを好んで食べる動物がいると仮定すると、ブラウントラウトがその地域で多数派になるとその捕食動物の食料事情が改善される事で増える様になるので一時的に増えたとしてもやがて減りだして元に戻る力が働く
二つ目のケースとしてはブラウントラウトのみにかかる伝染性の病気がある場合、生息密度が上がるとその病気が流行り、一定数が死亡する場合は一定以上増えられない事でニジマスを圧迫し難いと考えれる。
しかし、本当に遺伝的にも近い存在であり、生態が酷似している場合はその様なケースが偶発的に存在すると考えるのは楽観的過ぎると考える。
それに今まで居なかった侵入側のみを狙う捕食者は存在する事さえ難しい。*1
では他にその様な関係の競合するペアは既存種の中に存在するのか。
私が思うにオショロコマとエゾイワナの関係がそれである可能性が高いと思う。
オショロコマが生息する地域は3か所程、エゾイワナが生息する場所は20か所は釣り歩いた経験があるが、そこで両種が混在する様子は未だ見ていない。
生態は非常に酷似しているので片方が生息可能な環境では確実に両方が生息可能なはずなのにだ。
つまり遥か過去のある時点の何処かで必ず両種の混在はあったはずなのである。
今の生息地域的に見てエゾイワナがオショロコマを駆逐してしまうのだろう。
エゾイワナはその辺にあり触れていて、オショロコマは貴重な存在だが、どちらも釣りの対象魚としては切望する程に魅力的とは考えられていないだろうから、あえてこれらを何処かへ移殖しようとするのは少ないだろうが、現状で少ない側が劣勢である事から問題は起き難い。
だが敢えて移殖を試みたとしても、劣勢側のオショロコマを増やそうと企む者がいたとしても失敗するだろう。
逆にエゾイワナを増やそうとオショロコマの生息域へ放そうと意図する者はいないだろうが、偶然や意外な理由で放たれた場合は何十年、何百年経た後に地域のオショロコマが潰えそうだ。
また、サクラマス(ヤマメ)とニジマスの関係もその可能性がある。ニジマスは昭和40年代を中心に昭和初期より国家事業として大規模な放流を続け人造湖を中心に定着したものの、砂防ダム等が無く川の末端までヤマメ、サクラマスが遡上可能な川、あるいは砂防ダムの上流に魚がいない川ではニジマスは見かけない事が多い。*2
ニジマスの河川回帰率は100%ととは言えずシェアが増えるとその周辺河川への影響が心配されるが、それがまだまだその様な動きがない事からサクラマス(ヤマメ)に分がある様に思われる。
ただし、砂防ダム等で分断された地域にニジマスがいる場合、稚魚、成魚に関わらず継続的にその下流へニジマスが供給されるケースがある。これによりサクラマス(ヤマメ)の生息数が圧迫され得る懸念はある。
ここでブラウントラウトの放流に話を戻すが、放流は個人または小さな団体で行われたらしい。
その為に放流数は全体から見ると極少数とならざろう得なかっただろう事は容易に想像できる。
そして行為の意図は「大きな魚を釣りたい」であっただろうがその利益を当人が得る事は難しい。
何故ならようやく増えて来た段階では小型のものが多く、大型のものは割合的に少ない。大勢を占めて安定する様にならなければ大型のものは見えてこない。
放流が何時、どの程度の規模で行われたかは定かではないが、今現在一部地域ではその当事者らの理想に近い形となっているのかもしれないが、放流してからどれ程の時間が経過したのであろう、当事者はかなり高齢の域にあるのではなかろうか。
もしもまだ釣りを楽しめる年齢であるとしてもこの先どれ程楽しめると言うのだろうか。